ディオニューソスの葡萄の冠

佐藤二葉さんがツイ4で連載していた古代ギリシャ4コマ漫画『うたえ!エーリンナ』が無事連載終了の運びとなり、単行本が発売されたので買った。

うたえ! エーリンナ (星海社COMICS)

うたえ! エーリンナ (星海社COMICS)

kindleなど電子書籍版では連載当時のイラストがカラーで掲載されているとのこと

元々ふたばさんの古代ギリシャ創作のファンだったので今回の連載は「待ってました!」というものだったし、その期待を裏切らないどころではない素晴らしい作品を作り出してくれた。


『うたえ!エーリンナ』については以下のまとめやあとがきを読んでもらいたい。
古代ギリシアの女学校を描いた漫画「うたえ!エーリンナ」が素晴らしい
『うたえ!エーリンナ』によせて


その上で、個人的に『うたえ!エーリンナ』で好きなポイント。

  • エーリンナとバウキス

芸術家を目指す少年少女を描くとなったら、その中心に描かれるのは師弟関係やライバル関係が主になると思う(実際後半はこの二点が大きく取り上げられる) しかしこの『うたえ!エーリンナ』ではまずエーリンナという少女の「詩人になりたい」という夢がいかに当時の少女としては「型破り」だったかをしっかり描いている。その上で当時の多くの少女の夢、とされた「いい縁談をもらって嫁ぎたい」という願いを持っているバウキスとエーリンナは友情を築く。だがその友情は決して「詩人になるのもいいかも」「結婚もいいかも」といういわば「互いの夢を混同する」ものではなく、あくまで「詩人になりたい」エーリンナと「いつか結婚したい」バウキスの互いの夢を尊重する形で描かれている。それは二人の道はいずれ分かたれることを意味しているが、翻ってエーリンナに「いずれこの時間が終わっても詩人になってバウキスと過ごした瞬間を永遠に残したい」という明確な形での夢を与えることになるという構成が見事だと思う。

  • 「女詩人」サッポー

エーリンナが憧れ師事する「女詩人」サッポーはこの作品ではエーリンナを励まし導く役回りだが、同時になかなかしたたかな芸術家の顔も見せている。だが一番この人の芸術家としての「凄み」を感じたのは「勇気」の回だった。
以下台詞引用。

そうねえ、アリグノータやゴンギュラのように上手でも、女の子が一人で歌えば心無い声も上がるでしょう
でも、心から詩女神(ムーサ)に仕えるあなたには、その声を受ける勇気があると思ったのだけれども
私の思い違いだったかしら

誰もしたことのない乙女の独唱を(自分で望んだとはいえ)することになってその重大さに悩む弟子に与える言葉としてはあまりにも冷たいように聞こえる。しかし同時に、サッポーがどれほどエーリンナを「ひとりの芸術家」として信頼しているのかが現れているシーンだと思った。

  • 漫画という形で歌を表現する

連載後半でエーリンナたちはディオニューソスに捧げる大祭の競技会(アゴーン)に参加し、そこでエーリンナが独唱をするシーンがある。女性が一人で歌うなど考えられなかった時代に新しい芸術の形を一つ作り上げようとすることについての物語が後半部分の肝になるが、この独唱の瞬間を描く「調和」のシーンは「絵」として素晴らしい構成になっている。エーリンナが頭に巻く帯に織られた葡萄の蔦が「曙女神(エーオース)のバラ色の指」という詩に合わせてエーリンナの指(「糸を紡ぐバウキスの指のように歌を紡ぐ」のは競技会に向けたコンテストでエーリンナがその才能の片鱗を見せたシーンですでに描かれている)から旋律の蔦へと変わりディオニューソスの祝福を授かりし歌になるという絵は見た当初本当に興奮したし今でもじっくり見返してしまう。


女性の権利と尊厳についての運動が高まる現状だからこそ「ひとりの少女がひとりの詩人として立ち上がるまで」を描いた物語としての『うたえ!エーリンナ』とそれを描き切ってくれたふたばさんに感謝を捧げたい。