アルベルト・マングェル「図書館 愛書家の楽園」より。


コロンビアではロバに図書の入った袋を担がせジャングルや山岳地方へと本を届け、一定期間でその内容を取り換える巡回図書館システムを採用している。実務的なものが多いが、物語も数冊入っている。本は必ず返却されるが、一度だけ本が返ってこなかったことがあるという、司書の話。

「いつもの実用書のほかに『イリアス』のスペイン語訳が入っていたんです。本が交換される期日になると、村人たちは返却を拒みました。私たちはその本を差し上げることにしましたが、なぜ『イリアス』を手元に置きたいのか、わけを尋ねてみました。すると、ホメロスの書いたその作品が、自分たちの境遇に重なるからだという返事でした。戦火に見舞われたある国で、身勝手な神々によって運命をもてあそばれた人びとが、戦いの意味も、いつ殺されるかもわからずにいるという物語です」


アルベルト・マングェルの言葉。

本は、どれほどうまく書かれていても、イラクルワンダの悲劇からほんの少しの痛みすら取り除いてはくれないかもしれないが、どれほど下手に書かれていても、縁あってそれを読んだ人には、必ず啓示を授けてくれる。

歴史学や年代学や年鑑の類のおかげて、人は進歩のまぼろしを見たような気になっているが、同時に、進歩など存在しないという証拠を何度となく突きつけられてもいる。変化は存在するし、時間の経過も存在するが、前よりもよくなったか悪くなったかは、そのときどきの状況や、当事者の考え方しだいである。


神々はすでになくとも、権力者はそこにいる。