前回メモし忘れていたもの。

読了。

夜間飛行 (新潮文庫)

夜間飛行 (新潮文庫)

サン=デグジュペリといえば『星の王子様』だが、以前読んだ『人間の大地』と合わせてこうした作品がもっと読まれるべきでないだろうかとおもう。
リヴィエールのどこか非人間的で、内心は揺れながらも、ひたすらに自らの目的へと突き進む姿。


もうすぐ絶滅するという紙の書物について

もうすぐ絶滅するという紙の書物について

話題になっていたし好きなテーマということでついに読んでみた。手に取ったときの重さの違和感(おもったより軽い)や外側が真っ青に塗られているページなど、「紙の本」ならではの本。
ただ内容はいまいちピンとこなかったというか、わかっていることを繰り返されているような気分になった(もちろん私は二人の話の一割だってわかってはいないわけだが) おそらく二人の本を読むことで二人の本に対する姿勢というものを少なからずわかっている人なら、この本を面白く読めるのだろうとおもった。
時間と人の目を経ている古典作品は当時よりも今のほうが「よっぽど」豊かに読めるという話。


読書の歴史―あるいは読者の歴史 (叢書Laurus)

読書の歴史―あるいは読者の歴史 (叢書Laurus)

今 "A Reader on Reading" を読んでいるのだが、マングエルの本は同じ事柄・テーマが繰り返されることを知った。もちろんそれが悪いわけではない。


借りてきた。

奇想の美術館 イメージを読み解く12章

奇想の美術館 イメージを読み解く12章


『読書の歴史―あるいは読者の歴史』からの書き抜きメモ。

人は書物を、ある版、ある特定の本で読み、その紙の粗さや滑らかさ、その匂い、あるいは七二ページが少し破けているとか、裏表紙の右側の隅にコーヒーをこぼした後が輪になっているだとか、そういったことでその書物を認識しているのである。(中略)書物の一冊一冊は、それぞれが不死鳥のようにかけがえのない永遠の命を宿しているのだ。(p.29)

ボルヘスの家の)その居間には円形のローマの廃墟を描いたピラネージの版画があり…(p.31)

ウェルギリウスによれば、象牙とは「偽りの夢の扉」を作った素材とされるが、サント・ブーヴは、読者の塔もこの象牙で作られているという。(p.36)

後のキリスト教の聖像において彼(聖アンブロシウス)を象徴するものは、雄弁を意味する蜜蜂である。(p.56)

すると突然、近くの家から、男の子か女の子かは分からないが、子供が歌をうたう声が聞こえてきた。その歌には、「取って読め」という言葉の繰り返しがあった。その声こそ自分に語られたものだと信じたアウグスティヌスは、アリピウスが相変わらず座って本を読んでいた場所へ急いで戻り、読みかけのまま放置してきていたパウロの『使徒書簡』を取り上げた。(p.59)

その詩は私のもの。だが友よ、汝がそれを朗読すると、ひどく姿を変えて、まるで汝のもののようになる。(マルティアーリスの警告)(p.60)

「書かれた言葉についても(何かを問いかけてもただあるだけでなにも答えてくれない絵画と)全く同じことだ。あたかも何かを考えているかのようにそれは読者に語りかけているが、もっと知りたくなりその内容について質問してみたところで、書かれた言葉はただ同じことを繰り返し永遠に語り続けるばかりだ。」(ソクラテスパイドロスに向かって)(p.73)

絵画と同様、テクストはただ「アテネの月」と記すのみ。その象牙のような表情や深い闇に覆われた空、ソクラテスがかつて歩いたことのある昔の建物の廃墟の風景などを付け加えていくのは、まさに読者自身なのである。(p.74)

私は、こうした(ゲーテやシラー、グスタフ・シュヴァーブの民謡「騎士と湖」といったドイツ語の)詩を喜んで覚えたものだが、しかし、それがいったい何の役に立つのかはしらなかった。するとこの先生は、「これらの作品は、読みたくても書物がない時、いつも君と一緒にいることになるのだよ」といい、ザクセンハウゼンで殺害された先生の父親のことを私に話してくれた。実は有名な学者であったこの父親は、多くの古典作品を暗記していて、強制収容所での暮らしを強いられた時、自ら歩く図書館のように、周囲の人々にそうした作品を読んで聞かせていたのだという。暗く、何の希望も慈悲もない場所で、求めに応じては、頭の中にあるウェルギリウスエウリピデスの書物を広げ、古典作家が残した言葉を、書物を持たぬ人々に向かって朗誦する老人の姿を私は思い浮かべた。(p.81)

この時彼(18世紀の律法博士レヴィ・イッツハック)は、タルムードに関する書物は、いつも第一ページが欠けていて、読者は第二ページから読み始めなければならないのだが、それはなぜかと問われた、それに対する答えである。「その理由は、たとえ膨大なページ数を熱心な読者が読み進めたところで、自分はまだ、まさに第一ページにいたってはいないのだということを決して忘れてはならないからだ。」(p.107)

「おい君、本などなくても我々は同じように幸福なのさ。我々を幸福にしてくれる本なんて、困った時に自分たちで書けばよい。本当に必要なのは、ものすごく大変な痛々しいまでの不幸、自分以上に愛している人物の死のように我々を打ちのめす本、人間の住んでいる場所から遠く離れた森へ追放されて自殺する時のようなそんな気持ちを抱かせる本なのだ。書物とは、我々の内にある凍った海原を突き刺す斧でなければならないのだ。そう僕は信じている。」(カフカの友人への手紙から)(p.111)

…インキュビラ(初期印刷本、「揺籃期の」という意味の17世紀のラテン語で、1500年以前に印刷された書物について用いられる)…(p.154)

グーテンベルクの印刷所のような技術革新は、それがなければささいなものとして見落とされたり無視されてしまっていたような旧来の方法の価値を改めて浮かび上がらせるとともに、技術革新によって消滅してしまうのではないかとおもわれた方法を、むしろ発達させることになったという現象は実に興味深い。(p.155)

1515年に(印刷所を設立し活版印刷事業を展開させた人文主義者)アルドゥス(・マヌティウス)が亡くなった時、葬儀に参列した人文主義者たちは、あたかも博識な護衛が柩の周囲を固めているかのように、彼が愛読し印刷した書物を彼の柩の周りに積み上げたのであった。(p.159)
「本当の書物とは、明るい昼間の陽光や友人との楽しい会話から生み出されるものではない。それは、暗がりと沈黙から生まれるのだ」と彼(プルースト)は記している。(p.175-176)

カメラード、これは書物ではありません。/これに触れるものは、人間に触れているのです。/(今は夜なのか? ここにいるのは我々だけなのか?)/あなたが抱いているのは私、私が抱いているのはあなた。/私はページの中からあなたの腕の中へと飛び込む。――死が私を奮い立たせる。(ホイットマン1860年版『草の葉』より)(p.187)

「読者による脚注や評言が余白に走り書きしてあるような書物の方が、テクストそのものよりもはるかに興味深い。そうした書き込み本の一冊こそ、まさにこの世界に他ならないのだ。」(スペイン生まれのアメリカの哲学者ジョージ・サンタヤナの言葉)(p.193)

(聖アウグスティヌスによれば、天使たちは、世界を映した書物を読む必要がないという。彼らは、そうした書物の著者、創造主である神に会うことができ、その神々しい言葉を直に受け取ることができるからである。思索を続けるアウグスティヌスは、神に向かって次のように語りかける。天使たちは「天上を見上げて、そこに記されたあなたの言葉を読む必要がない。彼らは常にあなたのお顔を見、そこに、あなたの永遠の意思を読み取ることができるからです。彼らはそれを読み、選び、愛することができます。彼らは常に読み、彼らが読んでいるものは、終わることがありません。(中略)彼らが読んでいる書物は、閉じられることがなく、広げられた巻物が巻き戻されることもありません。あなたこそ彼らにとっての書物であり、あなたは永遠の存在だからです。」)(p.193)

印刷工 B・フランクリンの肉体は、/古い書物の表紙のように、/中身は引き抜かれ、/文字や装飾も奪い取られて、/ここに横たわり、虫たちの餌となる。/だが、その作品が失われることはあるまい。/もう一度、新しく/優雅な版で世に出ると信じている。/著者により、間違いを訂正した/改良版の形で。(ベンジャミン・フランクリンが自ら執筆した墓碑銘。実際に彫られることはなかった)(p.194)

この「世界征服者」(アレクサンドロス大王)は紀元前323年、33歳の若さでバビロンで亡くなったが、その際、昔のことを懐かしむかのように、『イーリアス』をしっかりと握りしめていたという。(p.202)

先史文明の初期以来、人間社会は、地理的障害、死による終焉、そして忘却を克服しようと努めてきた。粘土板に刻み目をつけるという、たった一つの行為を初めて行った無名の書き手は、まさにその行為の瞬間、それまでとても不可能なことと考えられていた三つに行のすべてを一気に達成することに成功したのである。(p.203)

書き手と読み手の関係には、本質的に、驚くべきパラドックスがある。それは、読者の役割を作りだすため、書き手は自らの死を宣告しなければならないということである。テクストを完結させるには、書き手が引っ込む、つまり存在を停止させなければならないからである。書き手が存在している限り、テクストは完結しない。書き手がテクストを手放した時、はじめてテクストは誕生する。ただしこの段階では、テクストは黙した存在である。読者がそれを読んではじめて、テクストは声を発するのだ。有能な読者が銘板の記号に接触した時、はじめてテクストに生命が宿るのである。書かれたものは全て、読者によって決まるのだ。(p.203-204)

今日の我々が、銘板に記された(楔形文字の)象形文字を一つの言語として解読することは、まず不可能である。当時の記号の発音が分からないからだ。これは山羊だとか羊だとかと認識できるだけである。だが、後期シュメールおよびアッカド文明の楔形文字の発音を復元しようとする試みを行っている言語学者はおり、初歩的なものではあるが、何千年も前の人々の発音と同じ発音をすることも可能になりつつある。(p.206)

ロラン・バルトは、「作家」と「書き手」とを明確に区別している。(中略)「作家」にとって書くことは、自動詞的な行為であって、特に目的語を必要としないが、「書き手」が何かを書く場合、何かを教えるとか、証拠とするとか、説明するとか、教育するといった目的語が常に必要になる。(p.208)

シュメール文明に見られるもっとも初期の図書館には、「宇宙を創る人々」と呼ばれる目録作成者の存在が確認されている。(p.215)

10世紀、ペルシャの首相アブドゥール・カッセム・イスマーイールは11万7000冊に及ぶ彼の蔵書を運ぶ際、ばらばらになってしまわないようにと、順番に並んで歩くように訓練した400頭のラクダを使って、アルファベット順に進ませたという。(p.217)

アリストテレスがアラブ世界で受容され始めたきっかけは、ある夢によるものであった。9世紀初頭のある夜、名君としてほとんど伝説的な君主ハールーヌル・ラシードの息子でアッバース朝第五代カリフのアル=マアヌーンは、ある人物と会話をしている夢を見る。青白い顔をしたこの相手は、額が広く目は青、眉を顰め堂々たる面持ちで玉座に腰を下ろしている。アル=マアヌーンはこの時、その相手がアリストテレスであることを確信する。(誰もが夢の中で感じるある確信のようなものをアル=マアヌーンも感じたのである。)そしてこの夢のなかで、アリストテレスとの間に交わされた秘話に促され、彼はまさにその夜から学者たちをバグダッド・アカデミーに呼び寄せ、彼の著作を研究させたのである。(p219-220)

リキニウスとの戦いを前に(コンスタンティヌス)大帝が、「これにて勝て」の文字を掲げた十字架の啓示を受けたのも、この(コンスタンティヌス家が代々崇拝してきた)太陽神(アポロン)からであったという。(p.226

太陽神の威光は大変強かったので、大帝が亡くなってから17年も経たないうちに、キリスト降誕日、すなわちクリスマスは、太陽が新たに生まれる日としての冬至の日に定められたのである。(p.226

415年には、教会博士キュリロスが、若いキリスト教徒に命じて、哲学者、数学者であった異教徒のヒュパティアの家に侵入、彼女を公共の広場に連れ出してめった裂きにし、その遺骸を燃やすという事件も起きているのである。もっともこのキュリロス自身、それほど信徒から愛されていたわけではなかったようだ。444年に彼が没すると、アレクサンドリアの司教たちは、その葬儀における頌徳文において次のように語っているからである。「ついにこの憎むべき男が亡くなった。彼の死は、残された者に喜びをもたらすが、彼には苦悩を与えるに違いない。人々は、彼の存在に辟易し、彼を我々のもとに送り返すだろう。したがって彼の墓の上には、たとえ亡霊であっても彼の姿を二度と再び目にすることのないよう、きわめて重い石を置かなければならない。」(p.227)

また、12世紀末、フランスのランに大聖堂を建てた建築家たちは、その正面に(かつてコンスタンティヌス大帝によってキリストの再臨を「予言」したとされた)エリュトライのシビルの姿を彫り込んでいる。(フランス革命の際に首が切り落とされてしまった。)(p.229-230)

ウェルギリウス箴言」についてもっともよく知られた話は、おそらく、1642年の暮れか43年の初め、清教徒革命の最中にあってオクスフォードの図書館を訪れたチャールズ一世の話であろう。王を楽しませようとしたフォークランド卿は、「『ウェルギリウス箴言』で運命を占ってみては」と王に勧める。「この書は、これまで一般的な予言の書として知られているものでございます。」そこで王はウェルギリウスの書を開き、そこに出てきた『アエネイス』の第四巻の一節を読んでみた。曰く、「彼は大胆不敵な部族によって執拗に攻撃され、故国から追放されることとなろう。」1649年1月30日火曜日、自らの臣民によって反逆者とされたチャールズ一世は、ホワイトホールで斬首されたのであった。(p.234)

テクストを目にした読者は、そこに記された言葉を、歴史的に見れば、そのテクストとも作者とも関係のない、読者自身の問いかけに対するメッセージへと変換する。この変換こそ、もとのテクストの内容を豊かにもしまた台無しにもするわけだが、いずれにしてもそのことは、読者が置かれた状況というものをテクストに吹き込むことに他ならない。ときには読者の無知により、また時にはその信仰によって、あるいはまた読者の知性や策略、悪知恵、啓蒙精神などにより、テクストは、同じ言葉でありながら別の文脈に置き換えられ、再創造される。まさにその過程で、テクストはいわば生命を与えられるのである。(p.235)

旧約聖書での予言が新約聖書の中で実現されているとする伝統的な見方は、特にマルティーニの時代、一般的であったが、その味方によれば、受胎告知の後、マリアは、自分の人生の出来事や彼女の子イエスのことはすべてイザヤ書やいわゆる知恵文学(旧約聖書箴言集やヨブ記、伝道の書、また『シラクの子イエスの知恵の書』と『ソロモンの知恵の書』の旧約外典二書)にて予言されたものであるということに気づいていたのではないかと言う。(p.245)

悪魔の詩』という小説を書いたサルマン・ラシュディが、ファトワーというイスラム法の裁断によって死刑宣告を受けてまもない頃、アメリカのテレビ・リポーター、ジョン・イネスは、どんな話題についてであれ、彼が何らかの報道をする際には、必ず自分の机にこの作品を置いていた。結局彼は、『悪魔の詩』についてもラシュディについても、あるいはアヤトラと呼ばれる人々についても言及することはなかったが、彼の肘のところに常にこの書物が置かれていたことは、この書物と、そしてその作者と運命を共にするという一読者の決意を示すものであったといえよう。(p.248)

かつてヴァルター・ベンヤミンは、「書物を獲得するあらゆる手段の中で、書物を実際に執筆することが、もっとも賞賛すべき方法である」と述べたことがある。(p.255)

19世紀初頭のトマス・ラヴ・ピーコックの小説『夢魔院邸』の主人公は、「七冊売れた。七という数字には魔力が感じられる。これは吉兆だ。この七冊を買ってくれた人を探し出そう。この七人を、私が世界を照らし出す際の七本の燭台にするのだ。」と語る。(p.279-280)

すなわち、作者が、俳優としてではなく、あくまで作者として朗読している様子が見られるということ、そして作者が登場人物を想像している際に心の中で発しているような声を耳にし、それを作品に合致させるということなのだ。(p.283)

「私を愛してくれる人々には、私の孤独を愛して欲しい。」(リルケが恋人に宛てて)(p.285)

彼が私に口づけをすると、私の魂は姿を変えて/彼の唇に留まる。死は確かに/生よりも甘美で、より浄福なものですらあるに違いない。(リヨン出身の16世紀の詩人ルイーズ・ラベのソネット13番より)(p.286)

(最後のパリの旅の)二年後の1926年12月29日、彼(リルケ)は51歳で息を引き取る。珍しいタイプの白血病であったが、ごく親しい人々にさえ、彼はこの病のことを語ろうとはしなかった。(亡くなる前、彼は友人たちに、私的空想を交え、自分は薔薇の茨を刺したために死ぬのだと考えてくれと伝えている。)(p.288)

「きっとあの世では」と、それまで黙っていた店主がここで口をはさんだ。「(ラ・フォンテーヌとアルザス文人ヨハン・ベータ―・ヘベルの)二人は、もう我々が忘れてしまったような言語で話をしているのだろうな。」この言葉に対して、(ラ・フォンテーヌとヘベルは「兄弟のようなもの」であり、ヘベルのドイツ語をフランス語に翻訳できるのはラ・フォンテーヌだけと主張していた)老人は怒りを込めて唸った。「そりゃ、楽園付きの地獄だ!」だが、リルケは店主の言葉に同意していた。(p.301)

「ある日のこと、私は讃美歌集を見つけました。(中略)そこには、『私の名前をはっきりと読めた時』と書かれていました。それを見た時、私はものすごく幸せでした。本当にそれが読めたのですから。飛んで行って、他の奴隷仲間にもこのことを話しました。」(かつて奴隷であった人々の個人的回想を集めるプロジェクトでインタビューに答えた90歳になるベル・マイヤーズ・カラザスの回想)(p.304)

サザビーズ(ニューヨーク)の書籍・写本部長であるポール・ニーダムは、グーテンベルクが与えたこの(活版印刷による書物生産の早さ、テクストの統一性、そして写本政策にくらべれば安価であるといった大きな効用の)ほかの社会的影響について、さらに2点を指摘している。すなわち、ひとつは、ガチョウの羽や足で作られたペンではなく、冶金の技術によって文字を作るという新しい方法に対する驚きであり、もう一つは、この新しい「聖なる技術」が、当時、洗練された文化を享受していたイタリアではなく、文化的に沈滞していたドイツから生み出されたことに対する驚きである。(原註p.24)