アルベルト・マングエルのエル・パイス紙上での2008年のデジタル・インタビューを訳してみた。


70年代、ラテンアメリカでは独裁が隆盛を誇った。多くのラテンアメリカの人々は恐怖から逃れスペインへと亡命するに至った。このような状況についてアルベルト・マングエルは小説 "Todos los hombres mentiroso" (邦訳なし)を書いた。この小説はそれぞれの国から逃げ出さざるを得なかった文化人たちの経歴を紹介し、そこに政治、メタ文学、歴史の分野を織り込んでいる。そして今回、この著者がこの小説のことやその他のことについて読者たちと話し合うことになった。

Todos los hombres son mentirosos

Todos los hombres son mentirosos

All Men Are Liars

All Men Are Liars


【javiel】
あなたのこの最初の小説を出版するに当たって何か問題がありましたか? 出版に至るまでどのようなことがありましたか?

問題はなかったと思います。私はすでに何冊も本を出していて、編集者は私のことをよく知っている人物でしたから。問題はアングロサクソンの社会では編集者が著者を追い掛け回すことでしたね。そして今から私はより多くの問題を抱えることになるでしょう。編集者は売れる本、ベルトセラーになりうる特定の本に大いに興味を持つもので、著者やその作品を支持することには興味を持ちませんから。


【JEAN VINTEUIL】
今の時代は経済に関する大嘘がまかり通る時代です(そしてそれがラテンアメリカに大きな打撃を与え、今も与え続けています) この世界は嘘によって支配されていると言えるのでしょうか?

資本主義というのは有害な嘘、個人の経済的利潤が社会全体を潤すという嘘に基づいています。こうした何にもまして個人が豊かになろうとする野心は社会構造のみでなく、個々人をも破壊することになるでしょう。『2001年宇宙の旅』のコンピューターHALのようなものです。宇宙を越えて旅し、何があっても木星にたどり着こうとし、「人命を犠牲にすることなく」と付け加えておくのを忘れていたがために乗務員たちが殺されるような。私たちを支配するこうした嘘めいた構造はこんな結論にたどりつくのです。何が何でも利益を得ろ、人命を犠牲にしてでも。


tortoise
最近読んで子供のように楽しめた本は何ですか。

子供のように(そして大人として)楽しめたのはエドゥアルド・ベルティの “Todos los Funes”(邦訳なし。訳すなら『すべてのフネスたち』)ですね。文学的遊びに満ちた、楽しいコメディーですよ。

Todos los Funes / All of the Funes (Narrativas Hispanicas)

Todos los Funes / All of the Funes (Narrativas Hispanicas)


【Ricardo Tavares】
21世紀の社会主義独裁(ニカラグアベネズエラエクアドルボリビア)は軍事独裁ほど悪しきものですか?

恐怖を比べることに意味があるのか分かりません。スターリンの強制労働収容所とヒトラー強制収容所のどちらが恐ろしくないのでしょうか? 痛みというものはそれを味わったその人だけのものです。カストロの囚人たちがフランコの囚人たちを羨むことはありません。


【Eduardo de San Juan Argentina】
一年ほど前バルセロナでお会いしましたね。賢明なる思索家であるあなたにお聞きしたい。どうして人間は忘却するのか? ヨーロッパで絶えずネオナチやネオファシズムが台頭してくるのは何故? 記憶はどこに? 歴史に人間の愚行が付きまとうことをどうやって受け入れれば?

親愛なるエドゥアルド、君の助けとなるような賢明さが私に備わっているかどうか。なぜ私たちは忘却するのか? あらゆる経験が唯一のものであり、私たちはどこかで今度こそは違うと信じたいからでは。人間の愚行は繰り返されるも、知識も想像力もまた生まれてくる。おそらくそこには救いとなる何かの均衡が働いて……。


【Monica】
あなたのエッセイや著作を読んでいます。あなたを通して文学に親しめたことを嬉しく思います。小説の中にはあなた自身も出てくるのですか?

そうではないようです。というのも本ごとに私はどうしても別の人間になってしまいますので。出てくるのはこの本を書いた人間ですね。


【Fer】
僕の知っている限り『読書の歴史』は二つの版が出ていますが、どちらが優れていると思いますか?

どちらもそれぞれ同じくらいにいいものだと思います。アリアンサからの版はより「スペイン的」で、ルメンからの版はより「アルゼンチン的」ですね。どちらも自分らしいと思います。

読書の歴史―あるいは読者の歴史 (叢書Laurus)

読書の歴史―あるいは読者の歴史 (叢書Laurus)


【MAO】
フィルターにかけてみようとおもって知り合いの作家二人に私の小説を読ませてみたところ、もし自分が編集者だったらこれを出版するのにと二人とも言ってくれました。30以上の出版社に送ってみましたがどこにも付き返されました。どうしたらいいでしょうか?

今日の出版業界は大体が悲惨なものです。その週のベストセラーを出すことにしか興味がないのです。自分を信じ、大事なことはそれを書いたことだと自分に言い聞かせることです。出版できるかは運次第です。もし書くことよりも出版することが大事に思えるのなら、他のことをした方がいいでしょう……。


【Enrique Angulo】
あなたの "Diario de lecturas" (邦訳なし)を読んでいます。あなたがユダヤ人である、もしくはユダヤ人の祖先をもつというのが大変印象的でした。何があなたの民族に偉大な知性を与えたのでしょう。もっとも侮辱と苦しみを味わった民族だからでしょうか。僕の勘違いでなければユダヤ人は比率的に科学でも文学でも多くの人物を輩出しています。ユダヤ人の天才のリストはとても長いものになるでしょう。

民族の知性というものを私は信じていません。信じているのは個々人の知性です。

Diario de lecturas/ A Reading Diary

Diario de lecturas/ A Reading Diary

A Reading Diary

A Reading Diary


【Ricardo Lapin
「本の中の本」に対する読者としての意見を聞かせてください。西洋での宗教の重要性から考えて聖書は人類の歴史上何百万もの読者がいたとおもいますが、物語や教え教えられてきた歴史の観点からすると、旧約聖書新約聖書どちらが優れていると思いますか?

あなたの質問には私よりもノースロップ・フライがうまく答えられるでしょう。彼の本は文学作品として聖書を読み解き、物語形式上のその動向を示したりしています。私の意見としては、聖書は素晴らしいアンソロジーでないかと。


【Clara】
あなたの作品を数年前から知って、賢明で思慮深い方と思っていることをお伝えしたくて。あなたの小説をできるだけ買おうと思っています。自分の本で一番自慢の一冊は?

ある読者が自分のものだと選んでくれた一冊です。


【Oscar Vega Rebollo】
いつの日かこうした(軍事政権下のアルゼンチンからの)亡命者は故郷に戻れるのでしょうか。

一部は軍事独裁の後故郷へと戻りましたが、戻った人々はまた別の悲劇に立ち会わなければなりませんでした。今度は2001年の財政破綻で、また新しい亡命者がたくさん出ました。おそらく将来アルゼンチンの人々は流浪する人々と定義されることになるでしょう……。


【Funes】
ボルヘスは20世紀最高の作家だとおもいますか。

最高の作家たちの一人であることは間違いありません。


【Paco (Granada)】
ラテンアメリカのいわゆる独裁とフランコ主義の間にはどんな根本的なつながりがあるのでしょうか。

両方とも自分たちのアイデアを生かすために暴力で権力を得ることを信じています。神々の加護(彼らはこうした神々の思いやりに飽いていることでしょう)に頼り、愚行に励み、そして、不死を信じています。


【javier】
あなたに質問できて光栄です。生産力がとても高いあまりにも不確かな今の時代の後に、文学はどうなると思いますか? ポストモダンの後には何が訪れるのでしょうか?

こちらこそ光栄です。私には文学がどうなるかは分かりません(どうなるかを知りたいかもわかりません) 幸運なことに文学の進展は糸のように一続きのものではなく勝手気ままなものです。ジョイスの後にホメロスが現れ、ビラ・マタスはディドロやローレンス・スターンの文学に立ち戻るのです。もし百年後どこかでお会いした時には、読者から見て文学がどの方向へ向かっていったかをあなたが私に教えてくださることと思います。


【Diogenes kynikos】
電子書籍をどう思ってますか? 紙の本の漸進的な定着にどう影響するでしょうか。

電子書籍はすでに存在して、有用なものです。紙の本も同じことですが。使い方の違う異なる物体が平穏に共存できないほど世界は狭くないと思います。


【Alejandro】
若い頃ボルヘスの読者であったことはあなたの文学人生にどんな影響を与えましたか?

本の間で生きようという若き日の決心に大きな自信を与えてくれました。そしてボルヘスの寛大さによって、読者としてですが、彼の普遍的図書館の一部だと感じることができました。


【ALFRED】
あなたの本は一体何についてのものですか? 何を期待してあなたの本を買うといいでしょうか。

私は本について概括しているわけではありません。本を書いているのです。そして好みを人に押し付けるような無礼は私には許されていません。


enya
人が独裁と戦うことはできますか? 逃げることが唯一の解決策でしょうか?

戦い方というものはありません。一人一人が独裁に立ち向かう方法を見出さなければなりません。ある人は暴力でもって、ある人は沈黙でもって、ある人は言葉でもって、ある人は静かなる抵抗でもって。そして戦場にいる人は団結か逃走かを選びます。こうした状況で選ばれない選択肢はたった二つ、亡命か、死です。


【Anaximandro】
嘘には私たちの豊かさに貢献している不可避な要素があるのでは?

嘘が私たちの豊かさに貢献しているかどうか私には分かりません。ただ嘘は避けられないものだということは分かっています。あるもの、ある人を完全に知ることはできません。この世界では私たちの関係は断片的なもので、その断片は何らかの方法で現実を嘘めいた形に翻訳したものです。嘘をつくことと良心的であることは一つの硬貨の裏表です。そして私たちは(この暗喩に忠実に従えば)この硬貨で時に豊かさを、時に苦悩を買っているのです。


【Jordi】
読書におけるエキスパートとして、良いベストセラーというものはあると思いますか? それともそうした本は大量にあるだけでその目的はただの娯楽であり、権威を賤しめているだけだと思いますか?

(ベストセラーを「よく売れている本」と考えるのなら)良いベストセラーはもちろんあります。オデュッセイアに、ドン・キホーテ、聖書……。


【Un amante de los libros-Adolfo】
ご自身の巨大な図書館を一体どのように定義されますか? 個人的な図書館の中で夜は読む時間、昼は各時間とお考えですか?

私の図書館はある意味では私の自伝そのものです。そしてそうです、朝に書いて、とりわけ夜に本を読んでいます。


【別れの挨拶】

たくさんの質問と質問を通しての親愛の情をありがとう。いつか実際にお会いしてみたいものです。こうした幽霊との会話はどうも落ち着かないものですから……。では今後ともよろしく。

(了)