読了。

「ジャパン」はなぜ負けるのか─経済学が解明するサッカーの不条理

「ジャパン」はなぜ負けるのか─経済学が解明するサッカーの不条理

「経済学が解明するサッカーの不条理」という副題通り、数字からサッカーの世界を解読しようという試み。2009年に書かれ2010年に翻訳された本だが、サッカー界が不条理な論理と思いこみにまだ支配されていることを端的に描いている。
面白かった点を列挙すると

  • 「ジャパン」はサッカーの中核であるヨーロッパと遠く離れており、人の行き交いが少なく最新の知識や環境を取り入れにくいことが、経済力や人口から予想される成績を収められていない要因にある。つまり積極的に選手をヨーロッパに輸出し監督をヨーロッパから招聘するなどの方策を取れば、よりよい成績を収められる可能性は十分にある*1
  • 移籍してきた選手のリロケーションに対するケアの必要性
  • 現実の監督選考は実に非合理的*2
  • 理不尽なものであると思われがちなPKだが、実際にはほとんど試合の結果に影響していない*3
  • サッカーといえば『ぼくのプレミアライフ』のニック・ホーンビィに代表される熱狂的(狂信者的とも言える)ファンを想像しやすいが、こうした人々はごくごく少数派であり、「熱狂的ファン」に憧れながらも実際はそうではない(そうなれない)「浮気性」のファンが大多数*4

ぼくのプレミア・ライフ (新潮文庫)

ぼくのプレミア・ライフ (新潮文庫)

  • サッカーに限らずだが、スポーツチームを応援することが自殺の防止につながっている*5
  • ワールドカップに経済効果はない。ワールドカップがもたらすのは幸福感
  • イングランドは何故負けるのか」ではなく、「イングランドは負けるようにできている」
    • 毎シーズン激戦となるプレミアリーグで消耗した選手がワールドカップで全力を尽くせるわけがない
    • 外国人の多さを嘆く向きがあるが、「イングランド人だらけのプレミアリーグ」が観客の求める面白いサッカーを提供できる可能性は低い*6
    • 「労働者階級のスポーツ」という意識の強さが中流階級や高等教育を受けた人々がサッカー選手になる道を閉ざしている*7
    • イングランドは伝統的にヨーロッパサッカー界から孤立していた「特殊な」国、言いかえれば「遅れた」国
    • 経済力・人口などの数値から割り出せば、イングランドはこの30年間ほとんど予想通りの成績を収めていることになる。つまりイングランドにはもともとワールドカップ優勝する力がない

*1:さてヨーロッパで活躍する選手が増えてきて、ザッケローニを招聘した「ジャパン」は?

*2:「そのときヒマな人が監督になる」には笑った。最近は監督を引き抜くのも珍しくなくなってきたが

*3:この中で2008年CL決勝マンUvs.チェルシーPK戦について、チェルシー側はGKファン・デル・サールのPKの癖を知っていたことが明らかになっている。このくだりを読んだ後であのPK戦を見ると面白い

*4:生まれた土地・階級を離れて移動する人々が多かったイギリスでは一つのサッカーチームを応援することが自分のルーツ、ひいては「自分」を規定する方法となった。こうした「本物のファン」像は憧れであり続けるが、すでに幻想の域に入っているとある

*5:前の項目と関連するが、たとえ本物のファンでなくともいずれかのチームに「帰属」していることは「自分は社会と一つになっている」という安心感をもたらしている

*6:著者の一人サイモン・クーパーは、ブラジルの好景気がブラジル人選手を国内リーグに留め外国でプレーするブラジル人が少なくなり、結果ブラジルリーグは盛り上がるだろうが代表が弱くなる可能性もあると先日述べていた。それを考えると国外で活躍しているイングランド人が果たしてどれほどいるっけなあ、とおもう

*7:私が薫陶を受けた先生は「少数精鋭は少ない人間をものにしようと躍起に育てることではない。多くの人間を多様に育て、その中から最良の人材を選ぶことが少数精鋭だ」と言っていたが、まさしくそのパターン